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2008-11-06

マイケル・クライトン氏が亡くなるなんて・・・

マイケル・クライトン氏が4日に亡くなったそうです。
66歳とまだまだ若かったのに。

Michael_crichton
Wikipediaより

氏は映画の原作だけでなく。脚本・監督までしていた多才な方でした。
いくつかの報道では監督した映画に触れているものもありましたが、氏の功績は映画の原作・脚本・監督ばかりではなく、コンピュータ・グラフィックスを映画に持ち込んだパイオニアとして記録に残すべき人だと思います。

まず、世界で最初にCGを映画に使った「ウエストワールド」(73)の脚本/監督だったことです。
ユル・ブリンナー演ずる故障したロボットガンマンの見た映像として、今で言うモザイク画面が登場しましたが、これがジョン・ウィットニーJrによる初のCG映像でした。
さらに、81年には監督/脚本を担当した『ルッカー』では現代のCGと遜色ない3DCGで美女を作り出すシーンを映画に登場させています。

どうも、当時からパソコンを使用していたようでパソコンゲームの黎明期にはアドベンチャーゲームの為に書き下ろしの原作の提供をしていました。
「AMAZON」(84)というゲームで、Apple IIやAtari ST用として発売されました。
私も当時持っていたApple IIcで遊んだことがあります。
ゲーム導入部から、とても映画的なすてきなゲームでした。

NINTENDO DSでリメイクしてもらえるとうれしいんですけどね。

そういえば、氏は自作の「アンドロメダ病原体」の映画化作である「アンドロメダ…」(71)の撮影現場に通ってロバート・ワイズ監督の手法を学び、テレビムービーの「暗殺・サンディエゴの熱い日 」(72)を監督してから「ウエストワールド」で劇場映画デビューしたそうです。
ちなみに。「暗殺・サンディエゴの熱い日 」の原作はジョン・ラングという作家の「サンディエゴの十二時間」ですが、ジョン・ラングは数多いマイケル・クライトンのペンネームの一つです。

後年は映画監督はせず、原作だけの提供かプロデュースするのみでしたが、映画を監督するほど映画を知っていたからこそ、映像化される小説を数多く書けたのだと思います。
残念・・・
合掌

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